5年後10年後 こどもたちが健やかに育つ会 にしあわくら

まとめ
ざっき

少し前になりますが、5/20(日)、前回の勉強会にグループで参加してくれた「美作環境ネットワーク」の方たちに呼んでいただいて、美作の小さな公民館で「最初の勉強会」をさせてもらいました。

この会は、岡山市で鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」を観た方が、是非地元でも上映会をしようと実行委員を立ち上げて、その集まりが今も続いているんだそうです。

メンバーは美作市の地元のおじちゃんやおばちゃんが中心。私が立ち上げた会では、外から来たIターンの方、若い方が多く参加してくれています。お互いに繋がりたかった層と繋がれましたね、というかんじで、とてもよい出会いでした。

今回の原発事故や放射能汚染、また原子力発電そのものへの不安、疑問、憤りなど。同年代から、この会のようなご年配の方まで、様々な人の思いを聞いて私が感じたのは、「電気が足りるかどうか」「経済がどうなるんだろうか」「今までの生活を変えられるかどうか」ということに関して、とても前向きで意欲的。もっと知りたい、勉強したい。「今までの生活を続けるためにはどんな方法があるか」ではなく、「原子力発電に頼らない社会を作るには、今までの生活をどう変えていこうか」ということがそもそもの出発点です。

みんな、これからどうやって自分たちが暮らしていこうかと、周りのひとと繋がり合って、話しを聞いたり、共有したりして少しずつ探しています。できないことを並べるのではなくて、できることを見つけています。そうして小さくても、できることを重ねていけば、できなかったことができる時がきたり、ひとりでできなかったことを一緒にできる人と出会えたり、できなかったことができる環境や社会になっていったりするんだと思います。私たちにはそうやっていくことしか、できないんだと思います。

さっき、美作環境ネットワークのおじさんが自分で作っているアスパラをくれました。私は遠くのスーパーまで行ってアスパラを買う必要がなくなりました。こんな小さなこと、馬鹿げていると言われるかも知れないけれど、結局はこういうことの積み重ね。普段の暮らしの中で選ぶもの。無意識に手に取ったもの、当たり前の暮らしが、その先でどうなっているか。今回の原発事故で、原発以外の「原発的なもの」に気付いた人がきっとたくさんいて、原発だけを否定すれば済むという世界ではないこともみんなが気付き始めています。原発をなくすということは、原始時代に戻るということではないでしょう。

7/14には、鎌仲ひとみ監督の新しい映画「内部被ばくを生き抜く」の上映会&講演会が美作市で開催されます。「5年後10年後 こどもたちが健やかに育つ会にしあわくら」も共催ということになりました。今回は岡山市、美作市、赤磐市のリレー上映です。鎌仲ひとみ監督も岡山に来てくれるそうです。詳しいことはまたこのサイトでお知らせします。ご予約やご質問など、お気軽にメールでお問い合わせください。

鈴木菜々子 2012/5/28

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西粟倉にもやっと春がきたなーと思わせる陽気で、パン屋さんの母屋の一室は明るく、子どもの笑い声(と泣き声)が響いて、「食べる」を考える会は、とても素敵な時間になりました。

今回は、食品由来の内部被曝を中心にお話をしました。「食べる」にまつわるたくさんのテーマを取り上げたいと考えていたのですが、例のごとく資料を作ってみると、どれも簡単に理解できるようなことではありませんでした。農薬のことを話そうとしても、今私が知っているのは聞きかじった情報ばかりです。他にもフェアトレードのことや、アレルギーのこと、食事と身体の関係など、みなさんとお話ししたいことはたくさんありましたが、あいまいな知識や情報を未整理のままに紹介するよりも、まずは私がお話できる内部被曝のことを勉強して、そのあとみなさんの「食べる」に対する日々の思いをお聞きすることにしました。焦らずに、これから時間をかけて、様々なテーマでまたみなさんとお話していこうと思っています。それまでに私も、勉強します。

この日は、前回も参加してくれた方や村内の方の他に、津山、総社、鳥取、まさかの山口(!)から来てくれた方も。村の子どもたちの大事な給食を考えてくれている栄養士の先生。つい先日、世田谷から私と同じように西粟倉に母子避難された方。「5年後10年後 こどもたちが健やかに育つ会」を最初に立ち上げた作家の廣瀬裕子さんも来てくれて、一緒にお話しすることができました。そして、たくさんの子どもたち。暖かく気持ちのいい庭で、知らない子と、年の違う子と、あちこちで元気に遊んでいました。すべてはこの子どもたちに繋がっていくんですね。

内部被曝のことを改めて詳しく調べてみると、前回の勉強会の資料を作ったときと同じように、新たな発見や気付き、再確認することがいくつもありました。本当に、放射線の影響は未知の世界です。専門家でもわからないのだから、私たちにわかるはずもありません。特に、長期にわたる低線量被曝については、とにかく経験やデータが少なく、「安全」「危険」という境界をはっきり断言することができません。年齢や性別、人それぞれで感受性も違います。過去の(今も続いている)悲惨なチェルノブイリの事例に見え隠れするわずかなヒントを、汲み取ることしかできないのです。

正しい知識がないままでは、周りの「安全」「危険」に振り回されます。正しい知識を得ることは、慌ただしい日常の中では少し面倒かも知れません。でも、知らなければ自分の中の基準値を決めることはできません。どうして自分の中の基準値が必要なのか。それは放射線や原発の正しい知識がなければわかりません。そのために私は、何度でも「最初の勉強会」をしようと思っています。

今回の資料には、食材ごとの汚染度や調理方法の工夫など、詳しい情報を入れました。「ただ漠然と東北、関東のものは食べない」ということになってしまうのは、もちろん国の検査体制の杜撰さ、信用のなさによるものです。それは決して「風評被害」ではなく、国の不誠実さに打ちのめされ、この原発事故が今も続いている状況で、真偽のわからない膨大な情報を前に、私たちが選ぶ当然の行動です。けれど、「イネに吸収された放射性物質は、実の方には全体の約10%しか移行せず、さらにそれを精米して水でとげばほとんど取れる」こと、「セシウムは水溶性のため油にはいかず、クリームは95%の除去率、バターにもほとんど移行しない。ホエーの部分に90数%が移行し、ホエーは乳清飲料やパン、お菓子などに使用されている」ことを知っている、ということは決して無駄ではありません。

東日本だけでなく、どこにいても食品からの被曝を避けられない世界になってしまった日本では、そういう知識を持った上で、その時々にできる最良の「選択」をしていくしかありません。この小さなひとつひとつの知識が、本当の意味での風評被害を考えるきっかけになり、放射線除去による栄養不足という本末転倒を回避し、食材選びのストレスを少し軽減し、なにより体内の被曝量を減らしていくことに繋がるのではないでしょうか。

今回集まってくれたみなさんは、食事に対する意識がとても高く、普段から農薬や添加物に気をつけたり、なるべく地元の農産物を選んだり、食事の内容によって体調管理されている方もいました。もちろん内部被曝を意識する声もありました。私自身も食事からの被曝をできる限り避けるようにしていますが、やはり「ただ漠然と東北、関東のものは食べない」ので、あれもだめ、これもだめとなりがちで、選ぶ食材も偏ってると思うことがあります。それに、ひとくくりに「東北、関東」としてしまうことにも違和感がありました。「自分の中の基準値」を明確にしていくためには正しい知識が必要で、それは放射能だけに限らずあらゆることに言えるのだと思います。

県内や近隣にあるオススメのお店や食材を教えてもらったり、村の給食の嬉しいこだわりを聞けたり、やっぱりアレルギーのお子さんが多かったり、マクロビオティックのお話をしたり、本当に楽しい時間を過ごすことができました。また次に繋がるような話題がいくつも出て、これからがすごく楽しみです。最後はみんなで玄米のおにぎりと、さつまいものお味噌汁を食べました。

いろんな「食べる」がありました。こだわり、妥協点、不安など、本当に人それぞれです。誰かを批判したり、自分の考え方を押し付けたりするのではなく、たまに寄って集まって、みんなで話して聞いて、一緒にごはんを食べること。そんな時間を、また作りたいと思います。

鈴木菜々子 2012/4/14

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最初の勉強会の様子を、記事にしていただきました。

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寒さのぶり返した日曜日、村の図書館の和室で「最初の勉強会」をさせていただきました。

村で子育て真最中のお母さん、お父さん、県内から来てくれた人、ご近所さん、ちびっこも参加。10人ほどの方たちが集まってくれました。ちょうど仙台から遊びに来ていた私の夫の母も参加してくれて、被災地のお話などもありました。先日記事を書いて頂いた毎日新聞の記者の方も、子どもをもつ母親として興味を持って来てくれました。下は2歳から上は85歳まで。私が心配することもなく、皆さんあちこちでおしゃべりが始まっていて、素敵な雰囲気で始まりました。軽く自己紹介から、と思っていたのですが、この時点ですでにみなさん予想以上にお話をしてくださって。勉強も大事だけど、こうやって人と人が出会って繋がる場にしていきたいと思いました。

今回は、「福島の原発事故」を、人に説明できるぐらい理解するために。ということをテーマにしました。当日は資料を見ながらお話を進めたのですが、その資料を作成することで私自身多くのことを学びました。原発事故や放射能被害についての議論をするとき、危険かどうかの判断をするとき、自分の意見を持つために。それには「原子力発電」とはなにか、「放射能」とはなにかを知ることが先だと思いました。私たちは、ほんとうに知らないままに暮らしてきたんだと実感しました。ニュースで耳にする言葉も、わからないままに聞き流してしまっていることが多かったように思います。「もんじゅ」「基準値以下」「メルトダウン」「年間1ミリシーベルト」「チェルノブイリ」。どれも人に説明するにはちょっと。というものばかりです。

ということで、そもそもの「原発とはなにか」というところから始めて、福島の事故、汚染状況、現状などをお話ししました。途中で、意見や感想や疑問などの発言もあり、1人で勉強することとは違う、有意義な時間となりました。皆さん初めて知ったことも多かったようでした。私も専門家ではないので、至らない点もあったかと思いますが、何よりも事実を知るということが始めの一歩ですね。その後の意見交換など、あまり時間がとれなかったのですが、皆さんに一言ずつ感想を頂きました。

被災した農家の母を目の前に、汚染のことなどをお話するのは少し申し訳ないような、複雑な気持ちでした。それでも、現地の生の声を遠く離れたこの村で聞くことは、皆さんにとっても、私にとっても貴重なものでした。原発や放射能の問題と、震災・津波の被害からの復興。別の問題だけれど決して切り離すことのできない難しさ、個人的には実家の問題でもあります。批判し合うことに終始してしまいがちな今、自分の足元から、できることから、と改めて思いました。

「5年後10年後 こどもたちが健やかに育つ会」。その言葉に共感して参加してくれた方もいました。今回私がテーマにさせていただいたのは、原発事故や放射能の勉強でした。けれどこの言葉には、それだけではない、子どもたちの未来をつくるあらゆる要素が含まれています。この村で、この小さな村だからできること、大切にしたいもの。そういう思いでこれからも繋がっていけたらな、と思いました。他にも、おじいちゃんから原爆の話があったり、震災当時の西日本の様子を教えて頂いたり、今後の未来に向けての明るい気持ちを聞くこともできました。

最後にとても印象に残ったのは、汚染されてしまった世界でも、人間が生きる力を信じたい。汚れてしまった土地も、いつかはもとに戻ると信じたい。という力強い言葉でした。その想いがなければ、子どもたちに繋いでいくことはできないんだと、深く考えさせられました。

長くなってしまいましたが、素敵な「最初の勉強会」になりました。ニュースから一歩踏み込んだ視点を持つきっかけになったというご意見もいただき、とてもよかったです。ご協力いただいた方、参加してくれた皆さん、ありがとうございました。次回に向けて、みなさまのご意見お待ちしております。今回参加できなかった方も、お気軽にお声掛けください。

鈴木菜々子 2012/2/27

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岡山県内版の毎日新聞に記事を掲載していただきました!
只今、最初の勉強会に向けて猛勉強中です!!

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「5年後10年後 こどもたちが健やかに育つ会」の最初の勉強会に向けて、
チラシを作って役場や小学校に行ってみた。

役場のおじさんは、私たちが移住してきた時から面倒を見てくれていて、
この会の説明をしたときも、知識を共有することは大切だと言ってくれた。
役場にチラシを置いてもいいし、会場を借りるなら教育委員会に行ったらいいと教えてくれた。

そのあと小学校に行って、校長先生と栄養士の先生と話をした。
学校っていうよりも、個人として、例えば母親として、父親として、将来子どもを産む女性として。
そんな気持ちで一緒に勉強していきたいということを伝えた。
学校でも、来週の参観日にチラシを置いてもいいですよ、と言ってくれた。

他にも何人かと個人的に会のことを話した。
普段あまり繋がる機会のない村人。
それでも話しをしてみると、子どもたちの未来や放射能のことに関心がない、なんてことはない。
私は「放射能の勉強」をきっかけとして提示したけれど、結局は子どものこと。この村のこと。
話していると、料理教室とか、子どもたちと大きな絵を描きたいとか、どんどん話は広がっていく。
すごくいいなと思った。
放射能は、子どもたちの未来を考える上でのひとつのテーマであって、すべてではない。

サイトを作って、そのあと子どもと一緒にカラフルなチラシを作って、
もう一度サイトを見たらめちゃくちゃ堅くて、反省した。
話題にしにくい、とっかかりにくい、あやしい、こわい。などなど。
「そんなこと言ってる場合じゃないのに!」という思いもあるけれど、
確かにそれは重要なことなんだと思った。
「放射能」という言葉が、遠いこの地に来てもやっぱりタブー化しているところがあって、
それはもしかしたら、被災地の人々に対する思いやりの類いから発生しているのかも知れなくて、
それがいいとか悪いとかではなく、誰かに何かを伝えようとするときに、
無視することのできないものなんだと思い至った。

そんなことを思いながら、当日の勉強会の内容や、これからの村人との繋がりを考えている。
そして、そんなことを考えながら、村の教育委員会に行ってきた。
やっぱり会場は村の施設を使いたいと思ったから。
この村には、若杉会という未就園児の子ども会があって、私も参加している。
いつもその会で使っている広い部屋が、子ども連れにも良さそうだなと思って、聞いてみた。
薄々予想はしていたけれど、やっぱり「はいそうですか」とは行かなかった。
私の認識では、村人が村の施設を使うのに問題はないはず。
この会の主旨も、そんなに馬鹿げたものではないはず。
全国の会のブログを見ても、自治体の施設を会場にしている所はたくさんあった。
むしろ私は、村の人たちと繋がることのできるチャンスだと思っていた。

彼らがどういう思いで、渋々「検討します」という回答に至ったかは知る由もないけれど、
この小さな村の大きな問題点を垣間みたような気がした。
美しいもの、素晴らしいもの、あたたかいものは、本当にたくさんあると思う。
都市にはなくなってしまったものが、この村には残っている。
でも、どんな場所にも「あれ?」と思うことはあって、
この村ではそれが、新しいものや変化に対する拒否反応なんじゃないか。
古いものを残すことと、変化を受け入れることは矛盾するようだけど、そうじゃない。
その辺のバランスが難しいから、こんなにも都市と田舎は分断されているんだと思う。
きっと色んな問題と繋がっている。
過疎化、Iターンもそうだろうし、原発利権や避難の問題も、この国の政治も。

この村に来て半年。
まだまだ新参者だけど、村の子どもたち、村の未来を考えたいと、本気で思っています。

2012/2/7 鈴木菜々子

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